第2章旅するシーアイランドコットン 第2話 | シーアイランドコットン|シーアイランドクラブ株式会社

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第2章旅するシーアイランドコットン 第2話

第2話
~一つの終着点、ジャマイカ~

マイアミからジャマイカの首都キングストンまで南に向かう短い旅の途中、飛行機はキューバ島を縦断します。ラテンアメリカ好きの私は、最初のころ機上からこの島を眺めるたびに、「おおキューバ!」と興奮していたものですが、いつしか新幹線の窓から見る富士山のように、ありきたりの光景となってしまったようです。意識の先は、旅の目的地ジャマイカへ。飛行機はすぐに降下を開始します。

その祖先から数えると数千年、コロンブスのカリブ到達以降の「歴史」で数えても500年以上もの長い旅をシーアイランドコットンは続けてきました。過去20年の間にも、シーアイランドコットンの主要な産地はバルバドス、アンティグア、ネービス、ベリーズとカリブ地域の中でも変遷をたどってきました。

そんなシーアイランドコットンが一つの終着点として辿り着いたのがこのジャマイカです。

ところで、シーアイランドコットンが繊維長をはじめとしたポテンシャルを発揮し、商業規模で比較的安定して育つことができるための条件は何でしょうか?

まず、シーアイランドコットンは特別な気象条件を必要とします。特に大事なのは日光で、カリブの島国においては年間の日照時間が3,000時間以上と、一年の日数365日で割っていただくと分かるように驚異的な日照量です。棉木の果実たる綿花に含まれるファイバーは、ふんだんな日光を浴びてすくすくと伸びていきます。

(ちなみに「綿花」はその漢字から花と誤解されることがありますが、これは正確には果実で、当然その前には「綿の花」が咲きます。)

もちろん日照時間以外にも雨季と乾季のサイクル、水はけのよい土壌など諸条件があり、これらを併せ持つカリブ地域が理想的なシーアイランドコットンの生育環境を提供します。

もう一つ重要なのは害虫です。前回お伝えしたように、20世紀の初め、アメリカ東海岸のシーアイランド地方におけるコットン栽培を壊滅させたのがボール・ウィーブルと呼ばれるゾウムシの仲間です。このメキシコから北上してきた暴れん坊はコットンボールに穴をあけ、中に卵を産み付けてダメにしてしまいます。その繁殖能力はすさまじく、汚染の兆候の発見が数日遅れただけで、畑全体を台無しにしてしまうほどです。

カリブの島々にはこの害虫がいなく、病害虫に弱いシーアイランドコットンにとっては大きなアドバンテージです。とはいえベリーズは島ではなく陸続きなので、最後までこの害虫に悩まされ続けましたし、ネービスは島国ではあるもののコットンの味を覚えた野生の猿によって事業の存続を断念させられることとなったように、産地特有の問題点は存在してきました。

その中でもジャマイカは他の国々に比べて大きな国土と人口に恵まれ、主要な産地となるポテンシャルを元々持っていました。あえてリスクを挙げるとすると、カリブ東側の島々に比べるとハリケーンの通り道となる可能性が高いことでしょうか。

実は1990年代に一度、日本の働きかけによりジャマイカでのシーアイランドコットン栽培の試みがなされました。コットンの生育には問題はないはずでしたが、ワーカーさんの給料日に発生した事故をきっかけに現地の責任者が離脱し、プロジェクトがとん挫していました。場所がどこであれ、持つ者と持たざる者が接触する限り犯罪が起きる可能性は常にあり、これは現在も変わりません。細心の注意は常に必要で、現地をよく知る人との協力が欠かせません。

2000年代に入り、頼りだったネービスは猿に悩まされ、アンティグアは労働者の確保に苦労して将来が危ぶまれる中、ジャマイカの可能性を探るべく私たちは再び現地に向かいました。今回、私たちにはJamaica Agricultural Development Fundation(JADF:ジャマイカ農業開発基金)という強力な助っ人がいました。JADFはエバンス氏という90年代のプロジェクトにもかかわったことのある人物に率いられたNPO(非営利団体)で、ジャマイカの農家に対して収入向上のために新たな事業導入の手助けをするインキュベーションを任務とする機関です。農作物だけでなくティラピア(食用魚)や観賞用金魚の養殖も含む新たな事業の一つに、シーアイランドコットンを取り入れる計画が始まりました。

空港に迎えに来てくれたエバンス氏に連れられた私たちはJADFの事務所に向かいました。そこには彼の手配により、多くの農家の方々が集まっていました。シーアイランドコットンとは何かをプレゼンテーションするミーティングです。多くの農家が価格競争力をなくしていたサトウキビの栽培に関わっており、なにやら代わりとなる有望な作物があるらしいと話を聞きに来たのです。

ミーティングの最後、私はすでに日本でもブランドが確立されているブルーマウンテンコーヒーを引き合いに出し、シーアイランドコットンは同レベルのジャマイカの特産品になりうることを伝えました。これが映画なら確実にクライマックスの場面にもかかわらず皆さん微妙な反応で肩透かしを食らった気分でしたが、未知の作物に生活を賭けるとなると慎重になるのも致し方ないと今では理解をしています。

それでも我々の話を真剣なまなざしで聴いてくれていた人はいました。日本へ帰国後、二人の農家が参加を決意したとエバンス氏から連絡を受け安堵したのをつい最近のように感じます。

二度目のジャマイカ訪問では実際に畑を見せてもらいました。島の南側にある首都キングストンから畑へはエバンス氏が運転するピックアップトラックでブルーマウンテンズ国立公園を北に抜けていきます。

キングストンの赤信号で止まっている間、いきなりエバンス氏が隣の車の運転手と親しげに話しだしました。信号が青になり再び車が動き出したとき、あれは友達?と聞くと、有名なレゲエミュージシャンで、日本でもコンサートを開いたことがあるんだぞと。正直に「知らない」というと、白けた様子なので「でもレゲトンは好きなのもあるな」というと、「あんなものはクズだ」と仕返しをされる。彼はドミニカ出身なのですが、もしかすると母国と海を挟んだプエルトリコとの間に因縁でもあるのかもしれません。

よく喋り、若いころのエディ・マーフィーのように「ウェッヘッヘッ」と笑い、かつ運転がワイルドな人で、山道に入ってからも「ほらそこがボブ・マーリーの生家」というように道中色々と案内してくれるのですが、車は猛スピードで曲がりくねった道を走るため私の方はそれどころではなく、ウインドーに頭を打ち付けないように足を踏ん張りながら、自分の生命保険はどうなっていたかとばかり考えていました。どうしてあんなにも急いでいたのか、理由はあとで判明するのではありますが。

島の北側へと山を越え、広大なバナナ畑を右手に、海岸(その先にはキューバ!)を左手にしばらく東へ進み、ようやく畑に到着すると、出てきた農家さんは前回のミーティングに参加し、話を真剣に聞いてくれていたため私の方も顔を覚えていた方でした。彼は現在に至るまで私たちの主要なシーアイランドコットン供給者でいてくれています。

背後に山、前方は防風林で遮られていますが、海に面したいかにもシーアイランドコットンらしい畑です。畑に到着するまでにもいくつか町を通過しており、人手のいる収穫シーズンにはそのような周辺コミュニティーから多くのピッカー(綿を摘む人)さんを募ることとなります。

カリブにおけるシーアイランドコットン栽培は機械化できるプロセスが限られます。典型的なのはその収穫で、米国などでは巨大なマシーンで畑一面真っ白にはじけた綿花を一気に吸い込んで終えてしまいますが、カリブのシーアイランドコットンは綿花が木の下側のボールから一か月以上をかけて順にはじけていくため、一度に収穫することができずどうしても人手に頼らざるを得ません。

かつての産地で人口が限られる島では、急速に拡大する観光産業への労働力の移動が常に課題となっていました。少なくともジャマイカではまだそのような事態にはなっておらず、逆にコットンの供給能力はまだ余裕がありそうです。それはつまり、ジャマイカでは仕事が少ないということで純粋に喜んでよいことではありませんが、少なくともシーアイランドコットン栽培が農家さんだけでなく周辺コミュニティーの人々にとって貴重な収入源となっていることは確かなようです。

昨今サステナブルという言葉がはやっており、何故か環境の側面ばかりが強調されている感があります。しかし、サステナブル(サステナビリティ)の日本語訳は「持続可能(性)」であります。ある事業が持続可能であるには、何よりもまず、すべての参加する人が幸せを感じられることが重要ではないでしょうか。シーアイランドコットン事業が目指すサステナビリティはそのようなものでありたいと考えています。

現在、ジャマイカのシーアイランドコットン事業はいよいよ本格化しようとしています。日本とジャマイカの間の数少ない経済的なつながりでもあり、かつ一次産品でありながら地元の経済にとって有望な作物との理解も深まり、様々な側面で両国政府のバックアップもいただいています。半ば苦し紛れ(?)の「ブルーマウンテンコーヒーのような特産品」発言でしたが、もしかすると夢ではないのかもしれません。

次回、第3話(1月14日公開予定)は旅のもう一つのルート、アメリカへと場所を移します。20世紀の初めに壊滅したシーアイランドコットンが如何にして内陸部で復活したのか。その秘密が明かされます。ご期待ください。


ところで畑の訪問後、帰り道も車を飛ばすエバンス氏。暗くなると山道が危険なのかな、でもまだ日没には早いけど?と思っていたら南へと戻る道を無視してそのまま海岸を西に向かいます。行先を聞いても「ウェッヘッヘッ」と笑うだけで教えてくれません。まさか有名ビーチリゾートのオチョ・リオスへ?水着の心配をするまでもなく、車はやがて海沿いの木陰の多い施設に入っていきました。誰がどう見てもレストランです。

しばらく待つと、巨大な魚料理のお皿が出てきました。聞くと、このレストランは隠れ家的な人気のスポットで、是非食べてもらいたく魚が終わってしまう前に連れてきたかったのだそうです。

いい人ですね。映画なら観客席のそこかしこからすすり泣きが聞こえてもおかしくない感動的な場面ですが、数時間前に、当然エバンス氏も一緒に普通にお昼を食べておりましたので、別の意味で涙が出そうでした。これはおやつだそうです。でも味は抜群。魚の身はふんわりとしていて、お腹にするっと入っていきました。さすがにバナナは無理でしたが。。。

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