第3回「シーアイランドコットンのルーツ(2)」 | シーアイランドコットン|シーアイランドクラブ株式会社

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コラム

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第3回「シーアイランドコットンのルーツ(2)」

アメリカにおいてシーアイランドコットンの栽培が盛んになされた一方で、カリブにおいてはサトウキビ栽培がバルバデンセ種の栽培を隅に追いやっていました。それどころか、南北戦争(1861-65)によりアメリカ南部の綿花供給が縮小しているいわば好機とも呼べる時期にも、質的に見劣りのする種類の綿ばかりが栽培されている状態でした。なおこの時に機会をつかんだのがエジプトで、アメリカから持ち込まれたシーアイランド種を元に交配を行い、高級綿産地の地位への一歩を踏み出しています。

結局アメリカにおけるシーアイランドコットンの栽培は1920年前後まで続きました。この頃、大量発生した害虫ワタミゾウムシ(ボールウィーブル)によりアメリカ東海岸のシーアイランドコットン栽培は壊滅的なダメージを受け、ついに復興することは無かったのです。

一方で英国農務省は1904年、カリブのサトウキビがヨーロッパで補助金栽培される砂糖大根との競争にさらされるという環境の中、代替作物としてサウスカロライナ州より最良品種とされていたリバータイプのシーアイランドコットン種を逆輸入し、再びカリブの土地に復活させる後押しを始めました。記念すべき西印度諸島海島綿の誕生です。

カリブでの栽培はその4年後にはまたたくまに5,000俵を越え、アメリカにおける超長綿栽培が害虫に強いといわれるアメリカン・エジプシャン綿に入れ替わった後は、カリブ地域が主要なシーアイランドコットンの産地であり続けています。

このようにカリブ海におけるコットンの栽培は、それがアメリカにおいてシーアイランドコットンと呼ばれるようになる前にせよ後にせよ、「大英帝国の関わり」というものが非常に大きな役割を果たしております。このような経緯から、新大陸よりもたらされるこの高級なコットンが早い段階から英国王室のお気に入り素材となっていったのも不思議ではありません。

古くは16世紀末にエリザベス1世がシーアイランドコットンのシーツやネグリジェを使用していたというエピソードに始まり、20世紀に入ってからは皇太子時代のエドワード8世(のちのウィンザー公爵)がシーアイランドコットンの愛好者であることを公表されたりもしております。またフィクションの世界でも、ジェームズ・ボンドはシーアイランドコットン製のシャツを愛用しているというのがイアン・フレミングによる原作の設定となっております。日本からもチャールズ皇太子とダイアナ妃のご成婚記念にシーツ・ピローケースを献上したり、エディンバラ公に260番双糸で織ったハンカチーフを献上して礼状をいただくなどシーアイランドコットンが持つ歴史性を意識した活動をしております。

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